例えば、グラフィック・デザイナーとともにロックバンドの舞台を制作した。
ここでは頻繁にイベントやパーティも行う。
生活がおしゃれにデザインされている。
彼らは「建築」の仕事からも越境する。
ちなみに、筆者に届く年賀状のベストデザインは、いつもKDaである。
近代以降、国家の枠組みに対応する純粋なアイデンティティが重視されたが、20世紀末からはハイブリッドな雑食文化や移動する主体が評価されている。
「日本」の「建築家」ではない。
彼/彼女らは男性中心の建築家像とも違う。
男性と女性が対等のパートナーシップを組む、グローバル時代の新しい建築家なのだ。
彼らは「私たちはヴイジュアル・ワールドにいる」という。
当初は日本語がわからず、日本の文字が読めなかったからだ。
それゆえ、視覚が過敏になり、日本人も気づかない細部に気づいてしまう。
ここでは自作の紹介にとどまらず、奇妙な東京の風景、お気に入りの日本製品、飲料缶のデザインを紹介するユニークなコンテンツを誇り、建築以外からのアクセスも多い。
A藤忠雄は最も有名な日本人の建築家だろう。
大阪に生まれ、プロボクサーを経て、独学で建築を学んだというエピソードはよく知られていよう。
1960年代には、日本を1周し、ヨ−ロッパヘの旅を行い、20代の若き日にその感性を磨いた。
76年には、雨の日は傘をさしてトイレに行くことが話題になった住吉ある人が、彼らの作品は「ひらがな」みたいなデザインだと指摘したという。
きっとそのひらがなは、日本の少女風のかわいい丸文字で書かれているに違いない。
T腕アトムにPケモン、TまごっちにPストペット、日本はかわいいテクノロジーのデザインを海外に輸出している。
その「かわいい」感覚を日本人の建築家以上に、東京のイギリス人とイタリア人が巧く使いこなしている。
彼にとって東京は地元ではない。
いつも旅先である。
ゆえに、東京に住んだことはない。
しかし東京に作品が存在しないわけではない。
例えば、目黒区のM、世田谷区の長屋を発表し、注目を浴びる。
80年代の後半からは日本各地で公共施設を手がけるようになり、90年代には活躍の舞台を世界に広げた。
T大教授をつとめ、講演や著作を通し、建築と都市に関して、積極的に発言している。
A藤が東京をどう考えているかは意外に知られていない。
20世紀は都市の時代だった。
A藤の言葉である。
だが、改めて彼の著作を読み返してみても、東京の記述がほとんどない。
ニューョーク、パリ、ローマなどの世界都市への想いは語っていても、東京が抜けている。
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